みなさんはもう大阪万博には行っただろうか?タイムラインを見るとちょこちょこ行っている人達を見かける。 開始前にはいろいろ問題などが発生しニュースになっていた万博だが、なんだかんだ連日大盛況らしい。 駆込み需要もあってか、チケットは軒並み売り切れで、当日券も朝から並ばないと買えないような状況らしい。 行ってみたら楽しかったという声も多く、私の周りでも行った人はみんな楽しんでいるようだ。 しかし、かく言う私は別に万博自体には興味はない。そもそも海外のことを知りたいという気持ちがあまりないのだ。 見に行きたいパビリオンも特にないし、人混みも嫌いだ。
しかし、私は絶対にこの大阪万博に行かねばならない。終了までに1度は必ず行く必要があるのだ。
なぜ万博に行かねばならないのか?
それを説明するには、まず私の個人的なトラウマの話をせねばならない。
万博のトラウマ
愛・地球博を覚えているだろうか?若い子ならば、そもそも産まれていないということもあるだろう。
2005年に愛知県で開催された万博で、モリゾーとキッコロというキャラクターが有名だった。
当時、子供の頃の私は1度だけ家族に連れられてその愛・地球博に遊びに行ったことがある。
かろうじてだが、その時の記憶もある。といっても、パビリオンには何ひとつ入らずお土産コーナーのようなショップと食事だけをしに行ったような記憶しかない。今思い返すとさすがに適当すぎるとは思う。当時の親の情報収集が足りていなかったのだろうなと思うが、もう少し準備しておけよ!とも言いたくなる。
なので、思い出という思い出はとても少ない。「バスだったかトラムだったかが走ってたなぁ」とか「ゲゲゲの鬼太郎のグッズショップに行ったなぁ」とか、本当にしょうもない記憶ばかりだ。
そんな感じで当時の私はあまり万博を楽しめず、申し訳程度に韓国料理のフードコートに連れて行ってもらった。思えばその日の万博観光のうち、そこが唯一の「万国」要素だったかもしれない。 お昼時にフードコート行ったので、そこは人でごった返していた。我々家族はなんとか座席を見つけたが、知らないおじさんと相席するかたちになった。私が頼んだ料理は石焼きビビンバだった。
私は焼肉屋へ行く時は毎回ビビンバを頼むくらいビビンバが好きだった。しかし、石焼きビビンバは行きつけの店にはなかったので、いわゆる普通のビビンバを食べることが多かった。 あまり食に対して冒険をしないタイプの私は、たとえ石焼きの方があったとしても挑戦することはあまりなかったのだ。 その日も本当は普通のビビンバがあればそれを頼むつもりだったが、メニューにはなんと石焼きの方のビビンバしかなかった。 そこで私は仕方なく石焼きビビンバを食べることになった。 しばらくして料理が提供され、着席して私はそのジュージューと音を立てる石焼きビビンバを食べ始めた。
ここで悲劇が起こる。
私は石焼きビビンバにあまり慣れていなかったからか、それとも気を抜いてしまったのか、アッツアツの石の器に手で触れてしまったのだ。 熱さのあまり反射的にスプーンを持っている手を大きく振り上げてしまった、私。 その勢いのままスプーンに乗っていたビビンバを隣の知らないおじさんにぶっかけてしまった。 その場の時間が止まったかのような静寂に包まれたのを覚えている。 呆然とする私、おじさんに謝る親、びっくりした顔のおじさん、地獄だった。
あれからずっと、熱い器を見るたびにその時のおじさんの驚いた顔と、罪悪感がフラッシュバックする。 それがトラウマで、私は長い間、石焼きビビンバを避けるようになったわけだ。
これが後の石焼きビビンバ事件である。
これまで幾度と焼肉屋に行き、メニューの石焼きビビンバを見かけるたびにあの時のことを思い出し、たまに勇気を出そうとするのだが、結局頼むことができずにいた。 なので石焼きビビンバと普通のビビンバがメニューに並んでいれば必ず普通のビビンバを頼むし、石焼きビビンバしかない場合はビビンバ自体を諦めていた。 事件以前とスタンスが変わらないといえば変わらないのだが、石焼きビビンバを頼めないという確固たる制約が私の中にできてしまったのだ。 ただ注文すればいいだけなのに、それができない。 やはり私の中には確実に石焼きの器を怖がる心があるのだ。 たとえ隣に知らないおじさんがいなくても、過去の記憶が私を邪魔をしてしまう。 そう、私にとって万博とは、世界の祭典ではなく、失敗の記憶が焼き付いた場所になってしまったのだ。
大阪万博でのリベンジ
だからこそ、私には大阪万博に行く明確な目的があった。それは、万博という「現場」で、トラウマを乗り越えること。つまり、石焼きビビンバを、誰にも迷惑をかけずに食べ切るという、たったそれだけのリベンジを果たすことだった。
9月末、大阪万博の決戦の日、死ぬほど早起きをして新幹線で新大阪へ向かい、地下鉄でいよいよ夢洲に。 電車には万博へ行くであろう人たちがたくさん乗っていた。みんな考えることは同じで世界の国々に会いに行くのだろう。 それに対して私はただ石焼きビビンバを食べに行く。 これほどにシンプルな目的もないだろう。 夢洲駅を出てさっそく入場口に向かう。 早い時間の入場チケットを買っていたからか15分程度で万博への入場は終わった。 事前の想定では1時間以上の待ちを覚悟していたので拍子抜けだった。 ビビンバを食べること以外特に予定を組んでいなかったため、さっそく私は万博で暇人になった。 なので、適当にチェコパビリオンでビールを飲んだり、コモンズに入ってぶらついたりして暇をつぶし空腹ゲージを貯めておいた。 ビールは美味しくて万博も悪くないなと思ったが、時間が経つにつれて増えていく人混みに少しずつ辟易してきた。
お昼の12時も過ぎ、お腹もペコペコなころ、私は事前に調べておいた大屋根リングの外にある韓国料理屋へ向かった。 景福宮 (キョンボックン)という店でフードコート形式の営業だった。 値段が万博価格で少しビビったが、事前の調査通りメニューに石焼きビビンバがあったので迷わずに頼んだ。 入店のタイミングが良かったようで、席がちょうど空いており、すんなり着席できた。 入場時もそうだが、この万博では思っていたより待たないで済んでいるのは嬉しい。 奇跡的に席の隣は空いていて、おじさんが座ることはなかった。 なので、同じような悲劇は起きようがないのだが、私は緊張していた。 まだ石焼きビビンバの凶悪さは私の脳裏に刻まれているからだ。 しばらく待ってビビンバが提供される。想像通り、ジュージューと音を立て、湯気が上がる典型的石焼きビビンバだ。 体の一部がその器に触れようものなら、脊髄は無慈悲に私を操って暴れさせることだろう。 恐る恐る私はゆっくりとスプーンを動かし、あっつあつの石の器に気を配りながら、具材を混ぜ、一口分をすくって食べる。…美味しい。 そもそも猫舌の私にとっては熱々の食べ物は全体的に苦手なのだが、ビビンバの山菜の風味とおこげの食感、後から来る適度な辛さが食欲をそそる。 さっきまでの不安が嘘のように、美味しく、最後まで食べ終えることができた。
あの日の失敗を上書きできた。

石焼きビビンバ
食べ終えた私は清々しい気分で店を出た。 ここからはもう消化試合である。 適当に大屋根リングや空いているパビリオンを見て回り、16時頃に万博を後にした。
トラウマから解放された今、これからは石焼きビビンバを堂々と注文しようと思う。
いや、注文するという選択肢ができるだけで、今後も頼むかどうかはわからない。
しかし、私の中にあるトラウマは確実に消え、人生の幅が広がったのは間違いない。
この大阪万博で石焼きビビンバを美味しく食べ終えたことで、ようやく私は本当の意味で「万博」と向き合えるようになった気がしている。
…とはいえ、別に今後も万博を通して世界と向き合いたいとも思わないので、今後私の人生で万博へ行くことはないだろう。
世界だけが世界ではない。
私にとっての世界とは石焼きビビンバを食べられるようになったとか、そういうことなのだ。