私と猫
犬派か猫派か?みたいな話がある。私は猫派だ。
犬が嫌いなわけではなく、猫が好きすぎると言った方が正しい。猫という生き物が好きなだけでなく、猫モチーフのデザインも好きだし、人も猫っぽい方が好ましい。物語に登場する猫も好きで、例えば「猫の事務所」や「吾輩は猫である」「夏への扉」は好きな作品だ。もちろん「わんわん物語」より「おしゃれキャット」の方が好きだ。
そのくせ、実家でかつて飼っていたのは黒のラブラドルレトリバーだ。全然、猫じゃない。当時、家族に犬派がいて、犬を飼う流れになってしまったのだ。他に飼ったことのある生き物は亀やハムスターくらい。なので、私は一度も猫を飼ったことがない。
とはいえ、今まで全く猫に触れ合ったことがないわけではない。その昔、祖父母の家に行けば野良猫に触れ合う機会があった。その家はちょっとした山の中にあり、タイミングが合えばどこからともなく猫たちがわんさか湧いてくる。それはそれは幸せなひとときだった。 しかし、中学や高校くらいにもなると祖父母の家に行く機会も減り猫に会うことも減った。親に「猫に会いたいからばあちゃんち行きたい」だなんて言うことも気恥ずかしくてできなかった。 今となっては実家を出て、1人暮らしだ。ペットを飼う余裕なんてない。
私の人生から猫は失われた。
それでも、猫に会いたい。
ふと思った。私のような人のために猫カフェというものがあるのではないか?
猫カフェへ行けば、猫を飼わずともその愛らしいフワフワの毛並みとプニプニの肉球に癒されることができる、はずだ! というわけで、とある日の単なる思いつきではあるが、勇気を出してその未知の世界へ足を踏み入れることにした。 猫カフェはなんだか行くのにハードルの高い場所だし、私は一度も行ったことがなかったが何事も挑戦である。
猫カフェへ行こう
茹だるような暑い日の昼下がりだった。汗臭い私を猫たちは迎え入れてくれるのだろうか?と不安になり、スースーする汗拭きシートで入念に不快な汗を取り除き、猫カフェに入った。
お店に入るとまず靴を脱ぐスペースと受付がある。入ったらいきなり猫がいるわけではない。 そのまた先の扉を開けば、きっとそこに楽園が待っている。 幸い待ち行列もできていないようで、少しだけ待つ程度で受付を済ませることができた。 楽園への扉を開けてみると、さっそく長い毛並みの猫がなんともふてぶてしく寝転がっていた。 猫ちゃんならいくら邪魔になっても構わないものだ。 駅のホームに少しでも邪魔な人がいると眉間に皺ができる私も、この猫ちゃんによる通行妨害には満点大笑い。
そんな感じで久しぶりに間近で見た猫に心躍らせながら、席に案内される。 案内された先は2階だったのだが、それまでの道のりもまた楽しい。 いやはや、廊下を見ても階段を見てもどこを見ても猫ばかりではないか!莞爾(にっこり)。 そして、どの猫たちも気ままに振舞っていて、いかにも猫という感じだ。 猫はオタクくんも陽キャも区別することなく、平等に素っ気なさを振りまいてくれる。 そんな猫たちと早く触れ合いたい気持ちを抑えつつ、席についてドリンクを頼む。提供されるまでの間に猫を眺める。かわいい。 人間に慣れてそうな子は撫でることもできた。やわらかい毛並みに触れるだけでなぜここまで癒されるのだろう。
きっと猫だからだろう。 人間からこの毛が生えていたらキモいに違いないな。
つまり、猫は猫だからかわいい。あまりにかわいいので、ここからは猫カフェで撮影した愛おしい猫ちゃんたちの写真を紹介してしんぜよう。
かわいいの代償
こんな風にかわいいかわいい猫ちゃんたちを愛でることができた。なんて幸せひとときなんだろう。
しかし、いかなる場合も幸せには代償が伴う。
猫カフェに入って10分くらい経ったころ
―― いや、とっくの昔、祖父母の家で予感していたが ――
私は気づいてしまった。
私は猫アレルギーだった。
それも症状がひどい方なようで、じゅるじゅると鼻水が止まらなくなってしまった。しばらくするとくしゃみも出始めた。目がかゆくなったり咳が出たりすることはなかったので、まだマシな方なのかもしれないがそれでも辛い。 精神的苦痛はそこまでないが、明らかに体が拒否反応を起こしている。 鼻水は滝のようで、すぐにティッシュもなくなってしまった。つらい。 つらいけどかわいい。「つらかわ」という新しいジャンルに足を踏み入れてしまった。
結局、猫アレルギーより猫かわいさが勝ち、私は閉店時間くらいまで居座っていた。店に入ってから2時間くらいはいたことになる。
そのせいだろうか。猫カフェを出た後も症状は続き、その日は1年分の鼻水を垂れ流す運びとなった。
翌日、追い打ちのように風邪のようなのどの痛みまで出た。
鼻水も未だとどまることを知らない。
本当に風邪ではないかと熱を測ってみたが平熱だし、猫カフェへ行くまでは健康そのものだったわけだからそういうことだろう。
猫アレルギーの症状か、それによる何かしらの副次的な体調不良なのかもしれない。
その後3日間くらい鼻水が出続けた。
いや、こんなことある?本当に猫アレルギーか?
まぁ、とにかく、猫カフェに行ってから私は体調がめちゃくちゃになってしまった。
それでも
こんなにも大好きな猫を心が求めていても、体は全力で拒否してくる。 次に猫と触れ合ったら死んじゃうかもな~と思いつつ、今度病院でアレルギーの検査をしようと誓ったのであった。 まぁ、アレルギー検査をしたところで猫アレルギーなのは自明だ。 問題はお薬を飲んで症状を和らげられるか否かだろう。医学の力を借りてまた猫カフェに行きたいものだ。 いずれにせよ、私は今後気軽に猫カフェへ行くことはできない。 それでも、それでもやっぱり猫に癒しを求める気持ちは抑えられない。
ではどうするか?
アレルギーフリーな猫を飼えばいいのだ。
この猫は猫カフェにいた子たちと違って動き回ったり餌を食べたりはしない。しかし、よく見ると表情豊かで、なにより撫で心地が良い。 私はこの猫に「レオ」くんと名前をつけて飼い始めた。あまりに静かな品種なので部屋にいることをたまに忘れるが、できるだけ気づいたら撫でるようにしている。 家に帰れば猫がいる。ただそれだけで人生が彩られている気がする。 ふわふわで温かく、まるでブランケットだ。実際、ブランケットのように身体を包んでもらえる時もある。 そんな私の愛おしい猫ちゃんをみんなにも見て欲しいと思うようにもなった。SNSに猫の写真を上げる飼い主の気持ちがわかったよ。
というわけで愛猫の写真を1つ。
てなかんじで今後とも愛猫レオをよろしくお願いします。
っていう新しい家族の紹介記事でした。
惨めさから抜け出す慰めは2つある。音楽と猫だ。
by アルベルト・シュバイツァー